風邪気味で修学旅行

中国

2012年 中国 北京

私は修学旅行で中国へ行きました。
高校の修学旅行です。
そして、そこで少し危険な出来事に遭遇をしたのです。
それは北京空港での出来事でした。
私は風を引いていたのでマスクをしていたのですが、それが良くありませんでした。中国のスタッフに呼び止められてしまいました。
何を言っているのかは分かりませんでしたが、察するに、何か最近を国内に持ち込む危険性があるから検査をするというような雰囲気でした。
そのまま検査室に連れて行かれました。
レントゲンのような物を撮られたのですが、しばらくすると開放されました。これはどういうことだったのかと考えると不安になります。
そのまま、どこかの病院に連れて行かれてもおかしくありませんでした。
同級生には大きな迷惑をかけてしまって、申し訳ないと思いました。風を引いていたのですから修学旅行を自分だけキャンセルして行かないという選択肢もあったのです。
しかし、無理をして旅行に行くことを選択したのは自分です。
思い返してみると、その時はSARSという風邪が中国で流行していたので現地民は神経質になっていたのかもしれません。
私ももう少し気を使っていればよかったですね。海外旅行の時になるとものすごく不安になるということが分かりました。

ソウル 睡眠薬で・・

韓国

2012年 韓国 ソウル

私は2012年に地元の友人達と一緒に韓国旅行に行きました。
その頃の韓国はまだ日本とは友好的な関係が続いており、ほとんど何の問題もなく韓国旅行が楽しめるものとして、友達と期待を弾ませて韓国旅行に行ったのです。

韓国に着くと良いホテルに案内され、私は友達とホテルでゆっくりくつろぎながらどこに行こうと地図を見て相談していました。
友達の1人があまり日本人の言ったことがない地域に行ってみようと言うことになり、私は楽しみで仕方がなく友達と心弾ませホテルを後にしたのです。
私たちが訪れたとおりは日本人観光客がほとんど以内路地裏の道であり、少しどきどきしながら歩いていましたら、1人の韓国女性が私たちのところに近寄ってきました。
その韓国女性の話を英語で少し聞くと、私たちと飲みに行かないかと言うことでした。

私はなんだか怪しいと思ったのですが、私の友達は非常に乗り気で韓国でのアバンチュールを楽しみたいと思っているようです。
私と1人の友達はその誘いに断り、残りの二人組がその女性と店で飲むことになったのです。
私たちは少ししたらホテルに帰りゆっくり疲れを癒やしていましたが、女性といなくなった友達二人が夜の10時を過ぎても帰ってきません。
おかしいと思い待っていたのですが、次の日の朝泣きながらホテルに帰ってきました。

なんとその女性と飲んでいたら睡眠薬を飲まされ、有り金を全て取られて一文無しになっていたようです。気づいたら近くの公園で眠っていたようです。命が大丈夫でそれだけでも良かったと思います。本当に海外は犯罪行為が非常に多い場所がたくさんあります。

上海、反日デモの時期・・

中国

2012年 中国 上海

海外旅行で友達と中国に行くことになりました。
きっかけは友達が中国系の会社に転職することになり、その年は私が勤務する会社の制度で10年勤続していると10日間の休みと10万円がもらえることになっていたので、一緒に同行して友達の家に泊まることにしました。
場所は上海の良いマンションであり、入り口はホテルのようなセキュリティで高級な部類でした。
3日ほどの予定で上海を中心に観光することにしました。
上海の地下鉄を主に利用しましたが、日本より車内が広く思っていたより快適でした。
そのころ日本企業に対して暴動などが起きており、いやな雰囲気でした。
上海東方明珠タワーを見に夕方でかけましたが、友達とは極力会話しないようにしていました。
日本語で話していると日本人だとわかり、何をされるかわからないからです。
道路では遊園地でよくみかけるバスが走っていました。
上海東方明珠タワーは川越しでしたがキラキラして綺麗でした。
そろそろ帰ろうとしたところ変なバッジを売りが近寄りさかんに買ってくれと催促されました。
日本人だとわかったようです。
廻りに人が集まってきたので、やむを得ず友達と一緒に購入することにしました。お金を渡してすぐにその場を立ち去りました。
その後はあまり遠くにいかず、1人で帰国しましたが、しばらくすると暴動が悪化して帰国できない雰囲気になったので旅行自体は散々なことでしたが、無事に帰れたことでほっとしたことを今でも覚えています。

ペルー・クスコで挟み撃ち?

ペルー

ペルー クスコ

マチュピチュへ1人で行ったのですが、その前日に、マチュピチュに一番近い街クスコに前泊することになりました。
でも、前日の朝にクスコにはついたので、街をぶらぶら、朝や夜に散策していました。

といっても、街自体が小さいのと、観光客であふれかえっているので、そんなに危険性はないと思っていました。
私自身、危ないと言われているメキシコシティに5年も住んで何もないのだし、同じようなものだとうと考えていたのです。

ところが、夕方18時くらいでしょうか。
1人でセントロ(ダウンタウン)の街中を歩いていました。まだまだ人はたくさんいてお店も並んでいます。
問題はないと思っていたら、後ろから私にむかってずっとツバを吐いてくる人がいました。
無視をしようと思ったら、どんどん私に近くなってきて、ツバが本当にかかりそうになったので、後ろを振り向きました。すると、今度は前からもきました。
どちらにも10代半ばくらいの男の子がいます。

「これは私を挟みうちにしてるのか」と気付きました。
やばいと思って、走るとついてきたのですが、運良く、スーパーがあって、そこに飛び込みました。
すると彼らはどこかに行ってしまいましたが、挟みうちにされたので、もしスーパーがなかったら無事じゃなかったかもしれません。

ベトナム・ホーチミン 0の多い紙幣

ベトナム

2012年 ベトナム ホーチミン

ベトナムのホーチミンに観光で行ったときに騙されるという経験をしました。
ベトナム通貨というのはドンといいますが、通貨の単位が小さくて、ゼロがたくさんつきます。
ちょっとした食事をするだけでも何万ドンとか何十万ドンというゼロがたくさんつく金額になります。
日本円に直せば大した金額ではなく1000円もかからないようなもので、ベトナムの物価はかなり安いという印象でした。

バイクの多さや観光で回ったホーチミンの都市、そしてツアーでのメコン川クルーズなど楽しいことが多かったのですが、旅の終盤で騙されてしまいました。
歩き疲れて使いたくはなかったのですが、タクシーを利用することにしたのです。
たいした距離でもなく、乗っていた時間は5分ほどではなかったかと思います。
タクシーがちょいのりで相場がどのくらいなのか、そしてメーターで動かしてもらうということ、そしてどこのタクシー会社が信用できるのかも対策していましたのでしっかりと交渉もでき、タクシーに乗り込み、目的地で到着し、それに見合う通貨のお札がなかったので大きめのを仕方なく渡しました。
きちんとメーターどおりにやってくれたので油断してしまったのです。
返ってきたおつりをあまり確認しませんでした。
それから2分後に気がつき、ゼロが1つ少ないことにきがついたのです。
もうタクシーは去ってしまったあとでどうすることもできませんでした。
わずか5分の距離で2000円ほどを支払ってしまったのです。
騙しが横行しているとは聞いていましたが、どうすることもできないくやしさでしばらく不機嫌になってしまいました。
ベトナムは好きですが、危険なところです。

オーストラリア 車優先の社会で

オーストラリア

2003年 オーストラリア キャンベラ

日本と同じように道路を歩いていただけなのですが、ひき逃げをされた挙句私が悪者のように扱われてしまいました。
オーストラリアのキャンベラで新年を迎えるために現地で買い物を済ませようとしていたときに、交通量の多い通りを歩いていました。
車道は渋滞が激しくても車の流れは緩やかでしたので、横断歩道を見つけたらすぐに反対側の歩道に渡れると考えていたのです。
その瞬間は早くやってきたので、私は車が低速で行き交う横断歩道を渡り始めました。
歩行者である私を見つけたのであれば車は停止するだろうと思っていましたが、現地がオーストラリアであることをすっかり忘れていました。
日本とは違い、歩行者優先ではないオーストラリアでは、私の方が安全に細心の注意を払うことが義務らしいのです。
その慣習を、私は、ひき逃げされた事件でようやく思い出すことができました。
怪我は軽かったのですが、念の為病院で診てもらうことになりました。
事情を先生に話してみると、なんと「明らかに私が悪い」ということを伝えられたのです。
結局は泣き寝入りで犯人の特定はできず、日本は歩行者が守られている社会であることを再確認させてくれる事件でした。
次は車に気をつけながら横断したいところです。

ロシア モスクワで失明・・

ロシア

2009年 ロシア モスクワ

自分探しのために、ロシアで一時的に生活をしていたことがあります。
現地では近所の人たちが私に親切にしてくれた一方で、アルバイト先では度々危険な目に遭いました。
とあるハンバーガーショップの厨房で調理を任されていたのですが、現場のリーダーはアジア系の人間を嫌っているようでした。
仕事中にはわざと体当たりをされたり、作業着を隠されたりと日常的に嫌がらせを受けていたのです。
私はお金のためであると思いながら働いていましたが、心身ともに疲れ果てていました。
リーダーの目に余る行為を店長に密告しようと考えていたとき、私の人生の中でもワースト1と言える事件が起こります。
いつものように私がバンズの在庫を確認していると、真後ろでフライヤーを掃除していたリーダーが足で私の背中を蹴ってきたのです。
我慢していると、私の態度が面白くないと思ったのかリーダーはおもむろにフライヤーの油を金属製の容器ですくって私に見せつけてきました。
高温の油であれば私も驚くとリーダーは思ったようですが、そのようなことは日常茶飯事なので動じません。
しかし、その日はリーダーの機嫌が悪かったのか油を私の顔面にかけられてしまいました。
片目を失明してしまい、その事件を基に帰国することにしました

ジャカルタの物乞い

インドネシア

2010年 インドネシア・ジャカルタ

これは私が長期休暇を利用してインドネシアの首都ジャカルタへ遊びに行ったときに実際に体験した危険な出来事です。

ジャカルタを訪れる観光客の多くは、郊外にあるスカルノ・ハッタ空港からバスかタクシーでガンビールという駅に向かい、そこから各々の宿泊先に移動するのですが、過去に何度かインドネシアを旅したことがあり、ガンビール駅からしばらく歩いたところに宿泊施設が密集している地域(ジャクサ通り)があることを知っていた私は、事前にホテルの予約をせず、現地でその日の宿を探すつもりでいました。
しかし、この油断があとで災難を引き起こすことになるとは思いもよりませんでした。

ガンビール駅からジャクサ通りへ向かう途中にはモナスというジャカルタを象徴するタワーがあり、その周辺が緑地になっています。
その緑地沿いの道を歩いていると、プラスチックのコップのようなものを持った1人の男が声をかけてきました。
インドネシアにはこのような物乞いがよくいるので、いつものように小銭を渡そうと財布を取り出したところ、突然その男がその財布をひったくろうとしてきたのです。
押し問答の末、財布の中の現金だけを差し出し、クレジットカードなどの貴重品は取られずに済んだのですが、到着初日から大きな出費をすることになってしまいました。

ここで得た教訓は、ホテルは事前に予約しておく、短い距離でも乗り物を使う、緑地周辺は十分警戒する、財布を気軽に出さない(小銭はポケットに入れておく)、できれば1人で行動しないなどです。
これからジャカルタを訪れる方は、このような点にぜひ注意していただきたいと思います。

グァテマラで刃物男

グァテマラ

2009年 グァテマラ・グァテマラシティ

メキシコに暮らしていた時、全然近隣諸国に行っていないなと思って、チケットが激安だったので、隣の国、グァテマラに仕事の休みの週末を利用して行ってきました。

この旅行、1人で行ったのですが最初から、最後まで散々でした。
1日目はグァテマラシティ、2日目はアンティグア、そして最終日はグァテマラシティに戻ってきてメキシコに戻るという予定でした。

事件は最終日、グァテマラシティの空港へ向かう途中に起こりました。
時間がかなり余ったので、タクシーを使わずに空港へ歩いていこうと思いました。
でも、途中で、道が分からなくなり、たまたま後ろにいたグァテマラ人に空港への行き先を聞きました。
しかし、何だか答え方があやふやで、私がスペイン語ができることにびくっとしていたので、変だなと思っていたのですが、いいやと思って、聞いてからその場を去りました。

その1分後、私の前に来て、刃物を突き付けてきました。
「携帯をよこせ」というのです。ですが、私は、刃物の刃がギザギザだったこともあり、これは斬れないと思い、その男の首根っこをつかみ、通りがかりの車の前に飛び出して助けを求めました。
すると、彼はその場から走り去り、私も、そのまま逆方向に走り去り、結局それで何事もなく終わりました。

ドイツ・フランクフルトでトルコ系移民?

ドイツ

1997年 ドイツ フランクフルト

フランクフルトの空港に夜、到着したので、そのまますぐにホテルでチェックインをした後、夕食を食べに出かけました。
その帰り道に、たまたま地下道があったので、そこを通って帰ることにしました。

都会でしたが、地下道の中は暗く、怖い雰囲気がありました。
しばらく歩いていると、トルコ人らしき若い男性数人が声をかけてきました。
どうやら、私たちをナンパしに声をかけたようでした。
彼らは英語でもドイツ語でもない発音でした。

しかも見た感じ、目がいっちゃってる感じがしました。
単なる酔っ払いというよりは、ドラッグをやっているという感じでした。
私たちは無視をして、そのまま足早に進んで、彼らの場所からすぐに立ち去りました。

後方で私たちに向かって声が聞こえてきましたが、そのままさっさと進んで、地下道から出ました。
地下道が良くなかったのか、夜のフランクフルトの繁華街が良くなかったのかはわかりません。

しかし、日本ではドラッグをやっている若者見かけることはありません。
海外ではこれが当たり前の世界なのかと思うと、怖くなってしまいました。

日本人が海外で事件に巻き込まれるニュースをたまに目にします。
旅行中でも気を抜かずに、安全対策をきちんと取ろうと強く思いました。