トリニダード・トバゴ ナタ男

トリニダードトバゴ

2006年 トリニダード・トバゴ

当時、トリニダード・トバゴの首都ポート・オブ・スペインの支社で働いていた婚約者を訪ねて、2か月弱の滞在をしました。
カリブ海にあるこの島国は、とても美しい海と熱帯の自然に恵まれたところですが、残念ながら非常に治安の悪い国でもあります。
渡航前にもずいぶん色々な話をネット上で見ていましたし、また現地の日本大使館を訪れた際にも、職員の方から治安や防犯情報についてお話を伺えたので、少し過剰なほどに警戒した生活を送っていました。
車がないなら外出はできない、と婚約者及び周囲の知人たちに言われ、仕方なく自主的な軟禁生活を送っていました。
滞在していたアパートにはセキュリティが配備してありましたが、例えばごみ捨てなどでほんの少し外部部分に出る際にも、車が来ないか不審者が来ないか、よくよく気をつけろと言われていたのです。
というのも、この国では身代金目当ての誘拐事件が日常茶飯事で、地元新聞を読んでも毎日毎日、島内各所でこういった事件が起こっていたのです。
東洋女性は珍しく、婚約者と歩いていても声をかけてくる男性は多くいました。町中を歩いていたある時、ナタを大きく振り回しながら近づく人影があったので、婚約者とともにすぐに方向を変えて、近くにあった商店に逃げ込んだことがあります。
ナタ男はわけのわからないことを叫びながら従来を走っていきましたが、やがてパトカーのサイレンが聞こえてきました。
私たちは慌ててその場を逃げ去りました。翌日の新聞には何も記述はありませんでしたが、この男性もやはりドラッグによる錯乱状態であったのだと思います。
刃傷沙汰がなくて何よりでしたが、今でも思い出すと震え上がる記憶です。

マレーシア現地ガイドがボディタッチ・・

1998年 マレーシア タマンネガラ国立公園

私は大学3年生の頃に同じ大学の女友達と2人でシンガポール、マレーシア、タイを旅行しました。
マレーシアのクアラルンプールから船で移動して、タマンネガラ国立公園に行ったときに、危険なことがありました。
タマンネガラには3泊ほど滞在しました。現地のガイドさんで、日本語が得意な方が、安い宿を教えてくれるなど親切にしてくれました。
他の観光客グループと一緒に、昼間はジャングルを案内していただいたりしました。
一緒に食事をしたり、会話をしたり、楽しい時間を過ごしていました。
夜のジャングルへ動物を見に行くツアーに参加した時のことです。
バイク2台に、友達と私はそれぞれ後ろに乗せてもらって、動物を観察する小屋に行きました。
帰り道、友達をのせたバイクが先に出発して、私とガイドと2人になってしまい、その時に体を触られました。
真っ暗なジャングルで怖かったので、拒否もできず、友達に不審に思われないくらいのほんの短い時間でしたが、されるがまま触られました。
次の日に、川をチューブで下る遊びのときも、私のガイドはまた同じ人で、水面下でまた体を触られました。
とてもすばらしい大自然で、いろいろな体験をする予定でしたが、嫌な思い出が残りました。
絶対に男性ガイドと2人きりにはならないようにしようと気を付けていたつもりでしたが、ちょっとした油断と、断れない自分の弱さが原因だったと思います。
そのようなガイドは、ほんの一部だと思いますが、私と同じような体験をしないように気を付けてほしいです。

パリの電車で液体をかけられ・・・

フランス

2012年フランス パリ

フランスに友達と旅行に行ったときに、危険な目に遭いました。
初めての海外旅行だったので、最初は緊張していたのですが、旅行の前半は特に危険なことも起こらなく、安心していた矢先に起こりました。
ツアーに参加をしたのですが、電車にのっているときに、突然後ろの男性から声をかけられました。
私の足を指差して何か言っているので、見てみると、べっとりとした液体が私のズボンにたくさんついていました。
私はびっくりして、思わず声を出してしまいました。
さらに、その男性が、ハンカチを貸してくれました。私は男性からハンカチを借りてズボンについているよく分からない液体をふき取りました。
ふき取っている間に、その男性はいつの間にかいなくなっていました。一緒に、私が片手に持っていたカバンもなくなっていたのです。
電車には人もたくさん乗っていましたし、言葉も通じなくて、誰にも助けを求めることができませんでした。
おそらくその男性は、わざと私の足に液体をかけて、私の意識をそこに集中しているときに、カバンを持って逃げたのだと思います。
海外旅行はとても危険だと感じました。どんな時も、カバンは肌から離してはいけないなと痛感しました。
お金は少ししかもっていなかったので、不幸中の幸いだったと感じています。

ダブリンの街は危険が多い・・

アイルランド

2005年 アイルランド ダブリン

ダブリンの大学に、正規留学生として留学していた2年間の体験です。
外国の大学、特に都市部の場合、日本とは違ってまとまったキャンパスがなく、学部ごとに建物が市内のいたるところに点在しているケースはよくあります。
私の所属する学部は運が悪いことに、ダブリン北部の非常に治安の悪い区画にありました。
外国人不法滞在者・低所得者のスラムや、娼館があるような所で、まっとうな家庭で育った土地の人ならまず足を踏み入れないような場所です。
そのことを後から聞いて震え上がりました。
私の下宿は治安の大変良い郊外にあったのですが、登下校の際に学校周辺で、かなり嫌な思いをしたことがあります。
酩酊した(あるいはドラッグを吸っていたのか)若い女性に、いきなり噛みつかれるような勢いで「吠えられた」こと、年端のいかない薄汚れた子どもに頭をはたかれるなど(私は小柄です)、アジア人の外見を見て私に嫌がらせを働く人々はたくさんいました。
一番息をのんだのは、一緒に歩いていた知人男性(欧州人です)が、若い女の子にいきなり殴りつけられた時でした。
まっ昼間でしたが、彼女らもまた酩酊状態だったようです。
すぐに二人でその場を走り去りました。
こういった事件のあとはすぐにガルダ(警察)に報告し、相談していました。
監視カメラがある…と言っても彼らの姿を学校周辺で見かけることは滅多になく、自分の身を守るには近づかないにこしたことはないのだと痛感しました。

ミラノの電車でスリ未遂

イタリア

2008年 イタリア ミラノ

イタリアミラノに滞在していたときのことです。
ツアーなどの周遊旅行でなく一人旅で一都市滞在型の旅行だったのでミラノでいろいろなところを何日かかけて楽しんでいました。
ミラノだとスカラ座やドォーモ、やスフォルチェスコ城、有名ブランドが立ち並ぶモンテナポレオーネ通りなど観光客も多いところも一通り見て回って、比較的地元の人が集う運河横のナヴィーリオ地区まで足を延ばしてすっかりとミラノという街に数日いることで慣れました。
地下鉄なども最初は緊張していましたがすっかり慣れて安心していたというのもありますが、ちょっとした油断でスリ未遂に合ってしまいました。
未遂で終わったのでよかったですが、一見普通の人だったので分かりませんでした。
電車内は人が混雑して地元の人も観光客も多く日本の大都市の地下鉄と同じぐらいだったと思います。
私は小さなかばんをたすきがけしてかけていたのですがかばんに違和感があったので見ると誰か手でかばんの中をまさぐられている感覚がしたのでとっさに手で押さえました。
私が感づいたのでスリはすぐに手を引いて去りましたが、危機一髪といったところでした。
私のかばんは小さいのに分厚いガイドブックやペットボトルなどぎゅうぎゅうにいっぱい詰め込んでいたので奥の財布まで手が届かなかったのだと思います。
怪しげな人は近づかないようにしていましたが普通の30歳ぐらいの女性だったので警戒してなかったので危なかったです。

パリの地下鉄で不審者

フランス

2011年フランス パリ

女友達とフランス・パリへ旅行に行った時の出来事です。
パリの街は地下鉄が充実しているので、メトロに乗っていろいろな観光地に出かけました。
ルーブル美術館からの帰りだったと思います、地下鉄に乗り込むと酔っぱらいのような男性が同じ車両に乗っていました。
独り言をブツブツ言ってるように見えましたが、もちろんフランス語なので訳も解らず、気に留めていませんでした。
電車の中はちょうど席が埋まってるくらいの混み方で、私たちはドアの前に二人で立っていました。その酔っ払い風の男性は反対側のドアの前に立っていました。
しばらく電車に揺られていると、その男性の声のボリュームがだんだん大きくなってきて、どうやら私たちに向かって何か言ってるようにも思えてきました。
でも、やはり何を言ってるかは解らなかったので、見ぬふりをしていたのですが、少し怖くなってきたと言うか、面倒くさくなってきたので、車両を変えようとした時のことです。
その男性がいきなり殴りかかってきたのです。
幸い顔ではなく肩にあたりましたが、びっくりしてその場から逃げました。
そしたら近くにいた別の男性がその男を捕まえて、車両の緊急停車ボタンを押してくれたのです。次の駅でその男性は連行されていきましたが、とくに私たちは何も言われずそのままホテルに帰りました。一瞬のことでしたが、とても怖かったです。

トロントの空港でホストファミリーと会えず・・

カナダ

1995年 カナダ トロント

学生時代に語学研修でカナダのトロントに行きました。
大学の春休みを利用した2か月間です。
語学学校を探したり、飛行機の手配など初めて自分一人でやりました。
カナダは比較的安全だと教授からも聞いていましたし、実際、ホストファミリーの家では外出時鍵をかけたりしません。
私の場合治安ではなく、別なトラブルでした。
まず、空港に着いたら、屈強そうな黒人のポーター(?)がカバンを持ってくれました。
このことは事前に地球の歩き方を読んで知っていたので、5ドルも払えばいいかと思ってお願いしました。
次に「WELCOME~」のようなボードを持って待ってる人たちがたくさんいるので、その中で自分の名前を探したのですが、いくら探してもないのです。
しばらくポーターさんも一緒に探してくれ、インフォメーションの方にも話してくれたのですが、首を横に振るだけ。
15分くらいたっても見つけられないので、ポーターさんは「そろそろ行かないと」的なことを英語で言いました。
それで5ドル払うと「時間がかかったのでこれでは足りない」と言われ、もう5ドル払いました。数時間待ってもお迎えは来ず、学校に電話しても、週末だからか誰もです、私は血の気が引く思いでした。
もう遅かったので、インフォメーションの人に安いホテルを紹介してもらい、ホテルのシャトルバスに乗りました。
車中で隣になったインド系の男性がニヤニヤしてやたらこちらを気にするのです。
なんだろうと思っていると「今夜一緒にどう?」と言われました。
私はこんなの初めてだったので驚きましたが、「ノーサンキュー」と言って断りました。
ホテルの部屋は小奇麗でしたが、鍵がフックタイプですぐ開けられてしまいそうでした。
私はベットの上でこれからどうしようと途方に暮れ泣いていました。
すると、誰かがノックするのです。
私はさっきの男が私がどこの部屋に入るのかを見ていたのを知っていたので、怖くなり息を殺してドアを見つめました。
ノックはしつこくて、最後には若干体当たりをしている感じだったので、でかいスーツケースをドアにくっつけてこちらからも押しました。
しばらくして立ち去ったようでしたが、気が抜けなくて夜はほとんど眠れませんでした。
結局翌日学校に行くと、ホストファミリーが日にちを間違えて迎えに来なかったらしいのです。
ホテル代も学校が支払ってくれました。でも、とんでもない思いをしました。
トロントは食べ物も美味しく、街も綺麗です。
夜も比較的安全でしたが、クスリの売人がいたり、娼婦がいたり、場所によっては危ないのでご注意を。

タイのカオサンロードでマリファナと遭遇・・

タイ

2005年 タイ バンコク

10年以上前にタイのバンコクにひとり旅に行きました。
初めてのひとり旅だと言うことでバンコクの空港でおろおろしていたところに日本人を発見したので声をかけて一緒に行動することにしたのです。
もちろん相手もひとり旅でした。かなり旅慣れた感じでした。
どうせならとその日はその方と一緒に宿を取ったんです。
夜も遅かったというのもあったかと思います。
カオサンロードという外人のバックパッカーが集まる場所で宿を取りました。
とても騒がしくてエネルギッシュな場所でしたね。
それで一緒に宿を取った彼は次の日に移動しなければならないというので朝早く出て行くというのです。
そこまでは特に問題がありません。
ですが、朝起きてテーブルを見てみると置き土産があったんです。
どう考えてもマリファナでした。映画でみたことのあるやつです。
紙タバコのように巻いてありました。メモも残されていて楽しんでねと書かれていました。
確かタイで麻薬が見つかった場合はかなりの刑をくらうはずだと思い、すぐさま捨てましたよ。
警察にわたしのものじゃないと言っても、どうせ信じてくれないでしょうからね。
状況的にどう考えてもわたしのものにされてしまいます。
海外旅行をしていれば当たり前の状況なのかもしれませんが、わたしにとってはとても危険な一日でしたね。

花の都で突然殴られる・・・

フランス

2006年 フランス パリ

欧州の第三国に留学中、週末にパリを訪れていた際の体験談です。
当時私は片言のフランス語しかわからず、単独でパリ市内を移動しようとしてメトロの駅に入ったものの、方向がよくわからずにきょろきょろと周囲を見回しながら歩いていました。
それは地下鉄構内に入る前の部分で、かなり広々としたスペースがあり、またラッシュアワー後でしたから混雑していたわけでもありません。
普通に歩いているなら、他の乗客と全く触れあわずに移動できる、そんな余裕のある状況でした。なのに、ものすごい勢いで私を横から突き飛ばした人がいるのです。
頭部側面を、肘か何かではり倒したような感触でした。
もんどりうって私は倒れこみ、一瞬視界がぼやけるほどのショックを受けました。
すぐに周囲を見回しても、それらしい人物は見当たりません。
当然、私を助け起こすようなパリジャンも皆無でした。
私は痛さに涙をにじませました。
現在はフランスに暮らして長くなりますが、例えば全く悪気なしに本当に偶然にぶつかってしまったのなら、きちんと助け起こして謝り、大丈夫でしたかと確認するのが「普通のフランス人」です。
その普通のフランス人に言わせれば、このケースはただ私の東洋人的な弱弱しい外観を見て、何かの憂さ晴らしをするべく衝動的な暴力に出た…そういう病的なレイシストによる犯罪だろう、ということです。
昨今のテロ事件に比べれば微々たるものですが、パリと言う町は魅力もあるが危険でもある町であると思うに至った、痛い経験です。

ローマ、バッグが切られて・・

イタリア

1999年 イタリア ローマ

大学の卒業旅行で、ドイツ、イタリア、フランスのツアーに参加した時のことです。
私は同じ学部の女性2人と一緒に、3人で旅行をしていました。
宿泊先が決まっている以外は、フリープランの旅行でした。
イタリアで、どこからの帰りか覚えていませんが、夕方に地下鉄を利用してホテルに帰るときのことでした。
私は肩から斜め掛けで、ナイロン製のバックを自分の前にかけて持っていました。
ぎゅうぎゅうとまではいきませんが、車内は混雑していました。
3人ほどの女性が近くにいたのを覚えています。
一瞬かばんが少しだけ重くなったように感じましたが、特にかばんの口が開いているとかではなかったので、普通に列車を降りました。
そして、かばんをよく見て驚きました。
横の部分を剃刀のようなものでスパッと切られていました。私はもちろん、一緒にいた友達も全く気付いていませんでした。
パスポートや現金はかばんに入れておらず、首から下げて別に身に着けていたので無事でしたが、いろいろな観光地でもらったパンフレットやチケットをまとめて入れてあった封筒がなくなっていました。
たぶん手探りで、現金と間違えたのだと思います。
イタリアでは、ひったくりや特に地下鉄は注意が必要だと知っていたので、自分の前で荷物を持って気を付けていたつもりでしたが、まさか、バックを切られて、中身をとられるとは思っていませんでした。
うすい生地のものだったので、もっと丈夫なものだったら狙われなかったのかと思います。