アメリカ

1990年 アメリカ ピッツバーグ

今から二十数年前の話になるが、当時僕はとある機会メーカーのエンジニアとして製鉄所関連の機器の試運転でアメリカの鉄鋼の街、ピッツバーグに数ヶ月滞在していた。
職場は市内から少し外れた郊外にあるため、アパートからの通勤にはレンタカーを利用していた。もうひとり同僚が同じアパートに住んでおり、彼が国際免許の交付を受けていたので、運転は専ら彼に任せていた。
ある日仕事が遅くなり、僕と同僚は帰路を急いでいた。
特に急ぎの用事があった訳ではないが、何かと物騒なため暗くなってからあまり外をうろつきたくなかったのだ。
とある交差点で信号を通過したとき、後方からサイレンの音と回転灯の光が近づいて来た。
パトカーだった。何事かと一瞬混乱したが、すぐ納得した。スピードの出し過ぎだった。
路肩に車を止めさせられ、運転していた同僚は事情聴取をするのであろう、社外に出された。しばらく警官と何やらやり取りしていたが、どうもあまり要領を得ないようだった。
彼はあまり英語が得意ではないのだ。彼のフォローをしようと僕は車を降り、警官に近づいた。
後ろの方からだったため、警官は驚いて飛びずさり、反射的に身構え、腰の拳銃に手をかけた。
その様子を見て僕も慌てて怪しいものではないことを示すために身分証を出そうと上着の内ポケットに手を入れた。
瞬間、警官の顔色が変わった。しまったと思った。
正当防衛という言葉が脳裏をよぎった。
撃たれる!大急ぎで掌を警官に見せて両手を上げた。
「違う、違う。今IDを見せるから」と伝えると警官の表情から緊張が消えた。
後で分かったことだが、その警官の相棒がパトカーの中でショットガンを持って構えていたらしい。
アメリカでは迂闊なことをすると犯罪者ではなく警官に殺される可能性があるのだ。