インド・バンガロールの街とタクシー

インド

2011年 インド バンガロール

海外旅行でインドのに旅行に行き、バンガロールとマイソールの2箇所を回りました。
インドが怖いところだということはわかっていましたが、やはりかなり危険であるということは感じました。
というのはこの都市には自分で自力で行くことはほとんどできません。道がわかりにくいし、歩いて観光できるような雰囲気ではないからです。排気ガスがひどくて空気はかなり悪いのです。
おまけに観光客は少なく、インド人というのはみんな肌の色がブラウンか黒っぽい色をしていて、アジア系の色の人はほとんどいないので目立ってしまうのです。
バイクタクシーのような車に次々声をかけられます。それを断るのも一苦労です。

宿泊をしているホテルから観光することになり、とりあえずツアー会社を探すことにしたのですが、歩いて探すのは無理であり、あまりにも情報が少ないこと、そして英語も思ったより通じないのでバイクタクシーを利用するしかありません。
ドライバーは喜んでくれて、単に目的地まで連れて行ってもらうことになったのですが、それだけでは満足せず、いろいろなところに観光させてあげたいと思い高いお金をふっかけてくるのです。それも最初は目的地までだけのタクシーとして受け入れたにもかかわらず、運転の途中からそういう営業をかけてくるのです。
もちろん断るとむっとして途中のわけのわからないところで降ろされてしまいました。
後は歩いていけというような捨てぜりふを残して行ってしまったのです。
インドというのは実に怖いところだと思いました。
バスチケットに関しても高いお金をふっかけられ、後で騙された事に気がつきました。
インドはとにかくだますことが日常茶飯事であるようですので、やはり注意した方がよいです。

北京のぼったくりエロタクシー

中国

2011年 中国・北京

私が海外旅行で体験した危険な出来事は、卒業旅行で行った中国での観光からホテルに帰るまでに起こったことです。
夜に同じツアーで1人で参加していた方と私の友達2人の4人で買い物に来ていたのですが、帰りのタクシーがなかなか捕まりませんでした。
同じツアーの1人参加の方は中国が好きで中国語を独学で勉強されていたので、慣れているその方に任せてタクシーの代わりに運転手の後ろに乗客が2名乗れる日本では見たことがない乗り物を2台捕まえて交渉してもらい、2台で30元でホテルまで帰れることになりました。
友達2人が前の乗り物に乗り、私と同じツアーの方が後ろの乗り物に乗りました。
走り出してみると友達を乗せた乗り物とは距離をどんどん離され、中国語でもっと距離を近付けるようにと言ってもらってもダメでした。
結局、友達を乗せた乗り物はあっという間に見えなくなってしまい、ホテルに着くまでの間私は不安で仕方ありませんでした。
ホテルに着くと2人とも泣いていて、運転手に触られた上に1人360元も取られたと聞かされました。
許せないことでしたが、訳のわからない場所で降ろされたりなどそれ以上のことがなくて良かったとも思いました。
私はそれ以来、海外旅行の観光では帰りのこともしっかり頭に入れた上で出掛ける計画を立てるようになりました。

中国北京・半日デモ

中国

2005年 中国北京

日本でも大きくニュースで報道された2005年の反日デモの時期、中国北京に滞在していました。
当時働いていたオフィスも住んでいたマンションも日本大使館に近かったこともあって、近くでその光景を目にしました。デモは日曜ごとに計画されていると言われ、大使館への投石のほか、日本料理屋が壊されたり、日系企業にも危害が加えられたとの情報が届きました。
現地日本人コミュニティでも、これは官製デモであるとの噂は流れており、ある程度以上になることはなくコントロールされているだろうとのことでしたが、コントロールされていたとしても危険は危険です。
日本大使館からは、デモには近づかない、人出の多い場所では大きな声で日本語を話さないなどの指示が細かくだされおりました。また、現地中国人から議論を吹っかけられたときのため(かどうかはわかりませんが)、日本政府の方針と、尖閣諸島についての歴史的な経緯、国連安保入りに関する資料などが回付されてきました。
日常の生活に大きな影響こそ出なかったものの、しばらくは外出を控えるなど、窮屈な日々を送るはめになりました。

インドでいきなりスーツケースを

インド

 

インド・チェンナイ 2011年9月

未曾有の大震災から半年後のある日、莫大なエネルギー資源がなければ人間社会は成立しないのかについて私は思い悩んでいました。
その状況をいつも傍で見ていた友人から、インドのオーロビルという場所の存在を教えてもらいました。その場所ではお金を必要としない暮らしを模索する実験場とのことで、一定の条件さえ満たせば居住が許されます。
頭の中で色々な感情が渦を巻いていて仕事が手に付かない状況でしたので、早期退職をして私はインドに飛び立つことを決意しました。
インドまでは飛行機で行き、オーロビルへ行く前の手続きのためにチェンナイまで陸路で移動することになります。チェンナイに到着してから昼食を摂っていたとき、事件が起こりました。
体に密着させるように携行していたスーツケースを、見知らぬインド人に強奪されてしまったのです。その男は私の顔面を殴るような素振りを見せたので、抵抗できないままスーツケースを引き離されてしまいました。
その後で食堂の店員さんに慰められながら聞いた話ですが、スーツケースのために私が抵抗をしていたら刃物で刺されていたかもしれないとのことでした。
インドでは、どんなに大切なものでも強奪をされるような状況では素直に差し出すことが利口だと思います。
結局のところ、必要書類等は全て紛失したので大使館の助けを借りて帰国することになりました。

フィリピンマニラの空港でチップ

フィリピン

これは、フィリピンのマニラ空港で起こったことです。
空港のロビーで休憩していて、お手洗いに行きました。すると、幾人かの男性が立っていました。用を足した後に、手を拭くための紙をとってくれたり、水道の蛇口を回してくれたりと、始めはかなり親切な方だと思っていました。
ところがお手洗いを出る時にチップを要求されました。
私は海外旅行は初めてでチップ制制度のことは何も知りませんでした。
当然のことながら、いくら渡したら良いのかも分かりませんでした。チップを要求したきた男性の手を見ると日本円の千円札を持っていました。まさかお手洗いのチップで千円も払う必要はないと思ったので、現地通貨の100円ぐらいにあたる小銭を渡そうとしました。
すると、その男性は私の財布に手を入れて千円札を抜き取ったのです。その時は突然のことで焦ってしまって思考力がなくなっていました。チップはやはり千円払う必要が払うものだと思ってしまい、その場を立ち去りました。
一緒にいた友人たちにこの話をすると、まずはフィリピンでは日本通貨は価値があるものだということ、フィリピン人に日本通貨を見せてはいけないということ教わりました。
また、チップの相場はその人次第で決まるので、要求金額に納得できないのであれば、断ることができることも言われました。

韓国の空港で清掃員が?

韓国

2010年 韓国

友人たちに誘われて韓流ツアーに行きました。私は正直興味が
なかったのですが、友人たちの強い希望で一緒に行くことに
なりました。空港について、私はトイレに行きました。
すると後から、清掃の従業員らしき人が入ってきました。
気にしないでいましたが、突然トイレの個室に突き飛ばされて
顔を殴られました。ビックリして大声を上げましたが誰も
近くにいないのか反応がありません。他の個室にも誰も
いないようです。そういえば、ハングルで立札みたいなのを
立てかけていたので、もしかしたら清掃中につき立ち入り禁止
の立札だったのかもしれません。顔を殴られて頭が朦朧と
しましたが、そのままブラウスを破られそうになり我に返り
ました。左のズボンのポケットに、電源を切った携帯があった
ので思い切り殴りました。じつは私は子供の頃にレスリングの
経験があったので腕力は強いのです。怯んだ男を蹴飛ばして
すぐに脱出しました。友人たちはまったく気づいていません。
その後、警察も呼んでおおごとになりかけましたが現地の
ツアーガイドになぜか諫められて、うやむやになりました。
何故かツアーガイドが怒り狂って、私を責め立てたのが不思議
でした。それから韓国にも海外旅行にも一切行っていません。
それでいいと思っています。

シンガポールのタクシー

シンガポール

シンガポールに旅行に行ったときのことです。
現地では移動などはほとんどタクシーを使って移動をしていました。
シンガポールは治安がいいですし、さらにタクシーなども日本よりは安いですし、女友達とワリカンだったらそれほど高くないので、タクシー移動をしていました。
そのタクシーにはホテルのロータリーにいたタクシーで、そして夜の食事に行くときのことでした。
そのタクシーの運転手は女性ドライバーで、かなり親切そうな女性でした。
タクシーの車内では私たちに様々なことを話しかけてくれて、「シンガポールは初めてなのか」ということなどを聞いてきました。
ですので、私たちも気軽に話をして、車内では楽しく過ごしていました。
しかし、目的地に着くという時のことです。
その女性ドライバーが突然態度が豹変し、かなり高い金額を要求してきました。
私たちは冗談だと思いましたし、またあり得ない料金(通常の3倍以上)だったので、払えない、という旨を伝えました。
すると女性ドライバーは激高し、夜間特別料金だなんだの言って、私たちにかなりの剣幕でまくしたてました。
私たちは身の危険を感じましたので、仕方なく支払いました。
その時、まだ車の中に居ましたし、そのままどこか連れ去られたりしたら怖いと思ったからです。
あれはとても怖かったです。

タイ・プーケットのトゥクトゥク

タイ

タイ・プーケット2008年

タイのプーケットでは格安航空券での旅行だったので、移動手段なども自分たちでその場で調達しました。

ですので、現地でトゥクトゥクなどに乗り、そしてホテルだったり、空港などに移動したり、また現地のオプションツアーに申し込んだりとしていました。
私は女友達と二人での旅行だったのですが、旅を終え、最後空港に戻るときのことです。
空港まではトゥクトゥクに乗り、そして送ってもらうことにしたのですが、その運転手は全く日本語も通じず、私たちの英語もほとんど通じない状態でした。
最初に、空港といったものの、分かっているのか分からない状態でした。
そして、なぜか途中でガス欠なのか、乗り物が不備を起こしたのか、なぜか途中で止まり、そして運転手がどこかの建物に入ってしまいました。
空港までかなりの距離がまだありましたし、飛行機の時間が迫ってしましたので、このまま飛行機に乗り遅れたらどうなるのだろう、とかなり不安になりました。
周りは誰も人がいず、そして尋ねる人もいませんし、運転手は戻ってきません。
現地の人たちは皆いい加減だと聞いていましたが、ほんとうにいい加減だと思いました。
そして40分以上が過ぎ、そして運転手が戻ってきました。
空港までの道を聞いていた、とのことでした。

パリで中国人?

フランス

2012年の夏

全く英語もフランス語も離せない旦那と一緒に夏休みにフランスに旅行に行きました。
話せないなりに、中高校でならった単語を駆使して頑張っていた矢先のことです。
観光をしていたら、同じアジア人(多分中国人かな~?)が私たちに話しかけてきたんです。
ガイドブックをでかでかと広げてやってきて、いろんなことをすごい勢いでまくし立てるように言ってくるんですが、私たちは日本人で中国語?はわからないと日本語に身振り手振りで説明していたんですが、お構いなしにガイドブックを押し付けてくるんです。
私は猛烈なアタックに引いてしまい、さらっと旦那に任せて少し離れたところからその様子を見ていたら、ガイドブックの下からうまい具合に主人のカバンに手を付けようとしているのが見えて、慌てて旦那を呼びました。
こちらが気づいたので実際の被害はありませんでしたが、こちらがパニックになっている隙にカバンの中身に手を付けようとするなんてびっくりで、文句を言いたかったけれどやっぱり言葉の壁と正直怖くて何もできませんでした。
あの時、大事なものを抜き取られていたら正直どうなっていたんだろうと考えると怖くなりました。
それからの海外旅行は大使館の連絡先をポケットに携帯して何かあった時に連絡ができるようにしています。