ジュネーブの駅でスリ

スイス

2014年 スイス ジュネーブ

新婚旅行で訪れたスイスのジュネーブで、スリに合いました。
ツアーに参加をしていて、ジュネーブの駅で数時間自由行動の時間がありました。
どこに行こうか迷いながらうろうろとしていたのですが、治安のあまりよくない場所だったのであまり遠くには行きたくないと感じて、とりあえず集合場所の近くのお店に待機していました。
そのお店は人が多く、スリに気をつけなければ、と思ったときにはすでにカメラが盗まれた後でした。
カメラは、カバンの中に入れていたのですが、カバンがあいていて簡単に手を入れることができる状態になっていました。
まさか簡単に盗られないだろうと思っていた自分がバカでした。
5分前にはあったのに、その5分後にみたらきれいに盗られていました。
スリは一瞬だと感じました。
日本とは違うので、本当に注意をしておかなければいけないと心から感じました。
ヨーロッパは安全だと勝手に思っていましたが、注意をしておかなければすぐに狙われてしまいます。
財布をとられなくてよかったですが、思い出のたくさん詰まったカメラはもう戻ってきません。
旅行は楽しかったのですが、カメラを盗られてしまったので、気分があまりいいものではありませんでした。海外旅行は注意が必要です。

パリでスリ集団に・・

フランス

2010年 フランス パリ

我が家では毎年のように、親族と友人のグループで旅行しています。
パック旅行が厭なので、たいていはフリーを選びますから、好きな時間に好きな場所を訪れることができて、満足度は高いのです。
今までに危険な目にあったことがなかったのは、幸いだったことを痛感した事件発生でした。
大都市ではスリの被害にあうことを、旅行用パンフレットや旅行社ではくどいくらいに説明しています。
大昔の農協団体旅行では、腹巻にお金やパスポートを入れていた、と話には聞きますが、すっかり海外旅行に慣れてしまった私達は、最後の日をのんびりと過ごしていました。
パリの地下鉄はスリの横行する危険な場所なのに、最後の日程を楽しむためにゆったり気分で居たことが、スリに狙われる大きな理由になっていたのでしょう。
主人の友人のとても太っていたEさんが、一人離れてドアの近くでぼんやりしていたときのこと。
周りに何人かフランス人の男女が居て、主人は「なんだか危ない」と感じて声を掛けようとしたとき、駅について扉が開き、数人の客が降りました。
「おい、カバンは大丈夫か」と聞くと、肩から斜め掛けにしていたカバンの中を確認して「あっ、やられた」と一言。
電車は発車していますし、もちろんスリは見事にドロンしています。
財布(カード入り)、バスポートがなくなっていて、控えは取ってありましたし、午後早い時間帯だったので大使館に駆け込んで、急遽仮のパスポートで次の日無事に帰国はできました。
地下鉄は要注意と聞いていたので、他の人たちは固まってグループで行動していましたから、一人ぼんやりとしていた彼が狙われたのでしょう。
バッグに大切なものを入れてのぼんやりは、大都市の人ごみの中では厳禁ですね。

アニメの閲覧料に注意・・

イタリア

2010年 イタリア ヴェニス

私と長男と次男の3人で春休みを利用して、1週間イタリアに海外旅行に行った時の体験談です。
私は、カードを1枚も持っていなかったので、旅行中の支払いは全て現金で行っていました。
3人で1週間の海外旅行でしたので、かなり多めにお金を持っていきましたが、自分用のブランドバッグなどを買って、現地でも予想以上にお金を使っていました。
子供たちは、現地で言葉が通じないこともあり、観光している時以外は、ホテルにいる時間がほとんどでした。
ホテルのお部屋では、日本語のアニメのテレビ番組を見て時間をつぶしていました。
楽しかった旅行も無事最終日になり、ホテルのフロントで、清算してバスで飛行場まで行って飛行機に乗る段取りでした。
ところが、今までの料金の精算をしようと思ったら、すごく高い料金の請求書を出されて驚いてしまいました。
ホテルの清算分の料金は十分に残しておいたのですが、この予想外の金額は、手持ちで持っていませんでした。
請求書の金額の内訳を聞いてみると、日本語のアニメの番組の閲覧料だと判りました。
自分の持ち合わせがなく、カードも持っていませんでしたので、支払いが出来ずに、日本に帰れないかと思いましたが、ホテルマンが親切な方で、半分以上見なかったことにして下さいましたので、無事帰国出来ました。

サッカーのユニフォームには気をつけよう

オランダ

1996年 オランダ アムステルダム

当時海外旅行でオランダに行きました。
サッカーが好きだったため、サッカーの試合を見に行きました。10数時間のフライトを終えようやくアムステルダムに着きました。
手続きを済ませ空港から出る為に歩いている時に、周囲からの異様な視線に気がつきました。
明らかに現地の方達が睨む様に私を見ています。
日本人が嫌いなのかなと思って下を向いてやり過ごそうとしましたが、ついに肩を掴まれ現地の言葉で何かわめいています。
一体なんなんだと思っていると服を脱げというジェスチャーをしている事が分かりました。
友人と目を見合わせて泣きそうになっている時に気がつきました。
私はブラジル代表の、友人はドイツ代表のユニフォームを着ていたのです。
飛行機での時間が長い為、ラフな服で行こうと思ってお互い特に考えずに着たユニフォーム。
これが現地の方々のきにさわったようでした。
日本では考えられませんが、サッカー強豪国オランダではそれが当たり前という感じでした。
その場であわてて着替えると皆何事も無かったように去っていきました。
何とか空港から出る事が出来安心しましたが海外では軽率な行動は取ってはいけないなと勉強になりました。
その後は着ていたユニフォームは封印し無事に観戦を終え、満足して帰国する事が出来ました。

ジャワとスマトラでは事情が違う

インドネシア

2007年 インドネシア スマトラ島

インドネシアのスマトラ島を旅行中、何度か危険な場面に遭遇しました。
ジャカルタからバスを乗り継ぎ、フェリーでスマトラ島に渡り、パレンバン、パダン、トバ湖を経由してメダンに向かうというその旅は最初からトラブルの連続でした。
バスターミナルで案内されたバスの座席が実はエアコンの水滴が絶えず落ちてくる「使用不可」の席だったり、山道で山賊に襲われたり(バスに同乗していた兵隊数人が退治)、乗車を断られた自転車タクシーの運転手が逆上してきたり、メダンで逃亡犯と警察官との銃撃戦に出くわしたりと、今となってはそれも旅の思い出の一部ですが、当時は生きた心地がしませんでした。
この体験から得た教訓をいくつか挙げるとすると、スマトラ島はジャワ島ほど治安が良くないと認識しておくこと、道案内を申し出てくる人を信用しないこと、自転車タクシーなど近距離輸送サービスを断るときに「手を振る」ジェスチャーをしないこと(追い払っていると勘違いされる)などです。
また、一概には言えませんが、現地の人たちがよく言うように、スマトラ人はジャワ人に比べると若干気性が荒いところがあるようです。
安全で快適なスマトラ旅行をしたい人には、個人旅行ではなく現地発のツアーに参加することをおすすめします。

バンコクの街はいろいろと

タイ

2012年9月 タイ バンコク

初めて訪れタイ。とりあえず日本人の多いバンコクに行きました。宿泊したのは、カオサン通り。日本人学生やヨーロッパのバックパッカーもたくさんいる宿に泊まり、いざ食事へ出かけたら、さっそく事故に遭いました。
まさかの、腕を焼かれるという事故。カオサン通りは、移動屋台の多い通りです。リヤカーの上にストーブを載せて運んでいる商人がたくさんいます。
人通りも多いので、道がごった返している中歩いていたら、見事に腕を焼かれました。屋台の主人は、びっくり。いや、私もびっくりです。主人は、私に賠償しろ!と言われるのを恐れたのか、そそくさと去っていきました。
残された私の腕は、縦にやけどの跡ができ、水膨れ。大事にいたりませんでしたが、屋台の主人に賠償なんてできないし、もしも大きくやけどしていたらと考えると、危ない出来事でした。
その後も危険な目に遭いました。
お酒と食事を楽しみ、スリーウィラーで帰ろうとした時のこと、運転手は高校生になっているかいないかぐらいの見た目の若い青年でした。
標準価格よりもかなり高かったので友人が値切ると、青年は、色々な体位の書かれた娼婦宿のチラシを見せてきたり、かなり不機嫌。平均速度を上周り、100キロでも出しているかのような剛速球でバイクを走らせ始めました。
着くのは早いが、死にそうな思いをして宿に到着。
値切るか安全を確保するか、ぼったくり対策も中々危険と隣り合わせのようです。

オーストラリア アボリジニの闘争

オーストラリア

2010年 オーストラリア ブリスベン郊外のクーパールー

語学留学の2日目にしてその危険な出来事は起こりました。
オーストラリアの一部の電車は、各駅停車であってもボタンを押さないとドアが開かないことがあります。
私の当時のヒアリング能力は高くなかったので「この先にクーパールー」なのか「ここがクーパールー」なのか聞き取れず、夜の9時以降に何度もクーパールー周辺を往復してしまいました。
結果、終電となってしまい、3時間ほど歩いてホームステイ先まで行かなくてはならない状況でした。
道には灯りがありましたが、アボリジニの集団が闘争のような状況になっている場所がありそこを避けて歩きました。
また、どんな動物が毒を持っているかの知識がなかったため、大きいカエルなどを見たときは緊張しながら歩いて帰りました。
翌朝、ステイ先の方に尋ねたところ、
「アボリジニの喧嘩の場所は現地人でも避ける。賢い選択ができたね」と安心されていわれました。
歩いている内に、日本のような24時間コンビニの少なさに驚き、また助けが全くない恐怖をしっかりと味わったため、以降乗り過ごすようなことはありませんでした。
ちょっとの知識の違いで大きな変化がある、危険ではありましたが楽しい語学留学の思い出でもある出来事です。

ホテルの部屋に男が・・

マレーシア

2013年 マレーシア イポー

今から約2年前のことになりますが、マレーシアのクアラルンプールから北に行ったところにあるイポーという街に出張で約2週間滞在していた時のことです。
滞在期間中はもちろんホテルに滞在していたのですが、あまり良いホテルが予約できず、1泊2000円のところに滞在していました。
もちろん安いため、防犯もあまりしっかりしていなかったのです。
部屋の鍵も日本のようにカードタイプではなく、普通の鍵のタイプで簡単に鍵が開くものでした。
マレーシアは東南アジア圏においては、安全な国だと言われていますが、あくまでも東南アジア圏の中ではということが重要なポイントなのです。
最初の1週間は気を付けていたこともあり、何事も起らなかったのですが、後残り1週間となった時に、休みの日に部屋でゆっくりとしていた時に、急にドアが開いて知らない人が急に入ってきたのです。
もちろん、鍵はかけていましたが、簡単に開くタイプだったので、あまり意味がなく簡単に開けられてしまい、脅されてしまい個人の携帯と財布の中に入っていた3万円を取られていました。
相手は3人で、ナイフを持っていたので、逆らうことなく、要求通り出したので、事なきを得ましたが、さすがに怖かったです。
それから1週間はより一層気を付けて、部屋の掃除もずっと断り続けて、誰も部屋に入らないように常に気を張っていたので、疲れました。
やはりセキュリティがしっかりしているホテルに宿泊しないと疲れてしまいダメだということを身を以て体験しました。
次マレーシアに行くときには、安全なホテルで過ごしたいと思います。

シドニーでスリ・・

オーストラリア

2001年 オーストラリア シドニー

オーストラリアのシドニーでワーキングホリデーをしていた時の出来事です。
シドニーは比較的治安のいい都市なのですが、やはり外国なので油断は禁物です。
その当時、留学生向けのセンターでアルバイトをしており、学生のスリや置き引きなどの被害が後を絶たないので、新しくやってきた人たちには気を付けるように案内をしていました。
十分に気を付けなければいけないことはわかっていたはずなのに、友達とマクドナルドでわいわい騒いでいたときのこと。
もっていたカバンはふたのないトートバッグでした。
それを隣の席に置いたまま、友達と話をして盛り上がっていました。
その時、若いヒスパニック系の男女が横を通り過ぎざまに、私のカバンから財布をサッと抜き取ったのです。
びっくりして、「財布を取られた!」とさけんで、その二人を追いかけました。
店員にもあの二人に財布を取られた!と言って大きな声で財布を返せと言い、二人に近づくと男は女に財布を手渡して、女だけを逃がし、私には財布なんかとっていな。
どこにあるんだ!と殴るようなそぶりをみせました。
身の危険を感じ、そのままあきらめましたが、とてもショックを受けました。
いつもはみんなに注意するようにしている自分が被害にあい、あらためて海外での手回り品には気を配る必要性を感じました。

パリ・サクレクールの勝手にミサンガ男

フランス

2009年 フランス・パリ

フランスのパリに観光で個人旅行をしました。
何度が海外旅行を経験していたので海外には慣れてきた頃ですが、ガイドブックの危険情報には目を通して注意していました。
特にホテルまでは大きなスーツケースをもって歩いていかなければならないのでできるだけきょろきょろしないで直行することにしました。
ホテルまで何事もなく、到着した当日から観光に早速出かけました。
どの観光地も期待通りすばらしく、当初の緊張していたのもすっかりなくなっていました。ちょっと安心しかけたときです。
サクレクール寺院に来たときに階段を登っていくのですが、なんとなく怪しげな人がやたらと観光に来ている人に付きまとっていました。
私はすぐにガイドブックに載っていたつきまとって無理やり手にミサンンガを巻きつけて法外な料金を要求する詐欺師だと気付きました。
私は遠回りして突っ切るつもりでしたがいつの間にか近づいてきて私の前に立ちはだかって前に進めなくしようとしました。私は必死でガイドブックでハエを追い払うようにして横をすり抜けてなんとか突破できました。
一人旅でもあって誰にも頼ることができないので走るようにして階段を上がりました。
寺院の建物まで到着するとさすがに次のターゲットを探してつきまとってきませんでしたが、大柄な詐欺師でもあって、恐ろしかったです。