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サンフランシスコの路地で

アメリカ

2009年 アメリカ サンフランシスコ

友達とサンフランシスコに旅行に行った時の出来事です。
現地に移住中の日本人や外国人の友人が何人か居たので、その子達に会う目的で女友達と二人で遊びに行きました。
サンフランシスコは何度か訪れていますし、ホテルも観光地のど真ん中にあったので、とくに警戒もしていませんでした。
滞在3日目位の夜でした、タイ料理を食べに行こうということになり、今まで行ったことがない地区に行きました。
ちょっと治安の悪そうな地区ではありましたが、昼間は何度も通ったことがある道でしたし、お店の中はとても賑やかで、明るく、みんなで楽しく美味しいタイ料理を食べました。
夜中と言ってもまだ深夜12時前後だったと思いますが、ホテルまで友人と帰るときのことでした。
たまたまその日に限って、いつもは車でアテンドしてくれる友人が車で来なかったため、女友達と二人歩いてホテルまで戻ることになったのです。
友人らは近いけどタクシーを拾えと言いましたが、10分くらいのところなので、歩くことにしました。
しかし、道を1ブロックか2ブロック間違えてしまい、ちょっと迷子になってしまいました。
なかなかホテルにたどり着けづにいると、どこからか黒人の男の人が擦り寄ってきて、何やらずっと話しかけてきたのです、酔っ払っているのか、何を言っているのかさっぱり解らなかったので、相手にせずに早歩きでホテルを探しました。
路地は薄暗く、車も通ってない道でした。ずっとついてくるのでちょっと焦ってきたところ、前方からもう一人、その黒人さんの友人らしき人が現れた瞬間、これはまずいかもと思いました。走り出すことも出来ず、冷静を装って歩いていた時、オフィスらしき建物から自転車を引いた大学生くらいの男性が現れました、私たちはとっさに彼に○○ホテルはどこ?と大きな声で尋ねると、その黒人さんたちはすっとどこかに消えていきました。
今思うと、何されるわけでもなかったのかもしれませんが、あの時は本当に恐怖を感じましたし、自転車を引いて現れた彼がまるでスーパーマンのように見えました。

アメリカ 隣人が薬物を?

アメリカ

2015年 アメリカロサンゼルス
私はアメリカに移住してきました。
結婚が理由でここへきました。
ロサンゼルスでも地域は割りと安全で皆さんからも評価していただけるほど住みやすいといわれています。
私が目の当たりにした海外生活で怖かった出来事は、私が日中家事で家にいますのでよく近隣の方の夫婦喧嘩を聞いていました。
なんとなくですが、たぶん旦那さんは現在働いておらず生活が苦しいような感じです。
昨日もなんとなくですが暴力を受けている様な感じの音が聞こえましたが、あえてそういう混乱している状態でこの人たちの部屋に行ってノックしようなどと思ったこともありませんし、道ずれに殴られてしまわないか心配なのであえて何もしていません。
しかし彼らのごみのようなものの中に怪しいものが入っていて、これは間違いなく薬物系ではないのか?と思ってしまいました。
近所の人によると何度か警察がまわって調べてはいるものの、きっと現行犯逮捕ができないので彼らは捕まっていないのでしょうか。
しかし私の部屋のすぐ隣なので日中家にいると大きな声で性行為をしたりしているのにも耐えられませんw
きっと大きな事件にならない限りは問題ないと思いますが、私にとってはすでに毎日が日常が危険に感じている状態です。

アメリカで人種差別に遭遇

アメリカ

2010年 アメリカ ロサンゼルス

アメリカのロスだけでは無いと思いますが、自由の国でもあるアメリカでも根強い差別は今だに残っています。
それはアジア系の人たちにも向けられている事もありますし、実際に差別用語や態度であからさまに示された事も何度かあります。
一番思い出に残っているショックだった事は、仲のよかったアメリカ人が誘ってくれたパーティーでの話です。
その友達とは気軽に話せて差別など全くしないような人柄でしたが、いざ向かったパーティー先の家のアメリカ人はそうではなく、またそこに居合わせていた白人だらけの方々も僕が家に入ってきた瞬間に驚きと嫌悪感を示しました。
雰囲気を察知した友達が、すでにパーティーに来ていた方達に「何か問題があるのか?」と突っかかっていきましたがしばらくすると怖い顔で戻ってきました。
そして僕ら2人はパーティーに来て僅か15分程度でその家を後にしました。
実際に友達が運転する車の中で、「アジア人が原因と言われた」と聞いた時には、流石にやり場のない気持ちがこみ上げてきました。
友達も悪くないですし、僕自身も何も悪いことはしていませんが、「これが人種差別か」と生まれて初めて感じる気持ちを体感しました。
3年間の留学生活で行ったパーティーそのものは9割最高に楽しいものですが、残りの1割はこういった体験をする羽目になりました。

アメリカ 言葉、警官、拳銃

アメリカ

1990年 アメリカ ピッツバーグ

今から二十数年前の話になるが、当時僕はとある機会メーカーのエンジニアとして製鉄所関連の機器の試運転でアメリカの鉄鋼の街、ピッツバーグに数ヶ月滞在していた。
職場は市内から少し外れた郊外にあるため、アパートからの通勤にはレンタカーを利用していた。もうひとり同僚が同じアパートに住んでおり、彼が国際免許の交付を受けていたので、運転は専ら彼に任せていた。
ある日仕事が遅くなり、僕と同僚は帰路を急いでいた。
特に急ぎの用事があった訳ではないが、何かと物騒なため暗くなってからあまり外をうろつきたくなかったのだ。
とある交差点で信号を通過したとき、後方からサイレンの音と回転灯の光が近づいて来た。
パトカーだった。何事かと一瞬混乱したが、すぐ納得した。スピードの出し過ぎだった。
路肩に車を止めさせられ、運転していた同僚は事情聴取をするのであろう、社外に出された。しばらく警官と何やらやり取りしていたが、どうもあまり要領を得ないようだった。
彼はあまり英語が得意ではないのだ。彼のフォローをしようと僕は車を降り、警官に近づいた。
後ろの方からだったため、警官は驚いて飛びずさり、反射的に身構え、腰の拳銃に手をかけた。
その様子を見て僕も慌てて怪しいものではないことを示すために身分証を出そうと上着の内ポケットに手を入れた。
瞬間、警官の顔色が変わった。しまったと思った。
正当防衛という言葉が脳裏をよぎった。
撃たれる!大急ぎで掌を警官に見せて両手を上げた。
「違う、違う。今IDを見せるから」と伝えると警官の表情から緊張が消えた。
後で分かったことだが、その警官の相棒がパトカーの中でショットガンを持って構えていたらしい。
アメリカでは迂闊なことをすると犯罪者ではなく警官に殺される可能性があるのだ。

ロサンゼルスでヒスパニック系住民に・・

アメリカ

2013年 アメリカ ロサンゼルス

アメリカのロス市内の繁華街にはなるべく派手な格好で行かないほうが無難です。
特に夕方から夜にかけては危ない場所へと切り替わります。
色んな人種の方がいれば色んな考えの人もいるという体験を何度か味わった事があります。
僕はヒスパニック系の人に後を付けられました。
本気でヤバイと思った僕は全速力で車を止めてあった場所へ走り出しました。
捕まったら何をされるのだろうと内心震えていました。
その体験後しばらくはロス市内に足を運ぶのを避けるほど、トラウマ気味になってしまいました。原因と言える原因は派手めの服装をしていた事と、高価っぽいバッグを手に持っていた事だと今振り返ってみて思います。
そして20代の痩せたアジア人である当時の僕が、1人で薄暗い繁華街を歩いていた事も大きな原因だと推測出来ます。
昔からロス市内は昼間でも治安が悪いと言われていますが、実際の経験をもってして初めて理解させられるのは「愚かだった」と思うほかありません。
この時は本気で命の危険を察知しました。

ニューヨークの郊外でブランドバッグを・・

アメリカ

2010年 ニューヨーク郊外

海外旅行で起きた危険なできごとは、格安のホテルに泊まった時でした。
宿泊費を浮かせようと、ニューヨークの郊外の格安ホテルに1人で泊まったのです。

その辺りでは何かと事件が多いところで、ホテルまで行くのにも怪しい人が多くて苦労しました。黒人の人が多いのですが、若い黒人グループが道路にたむろっていて、その間を抜けるようにして行かなければなりませんでした。

明らかに違う人種の私の顔を見ては、ヒソヒソと話しています。嫌な予感がして、そこを走るようにしてホテルへと行くのでした。

その次の日、いつものようにそこを歩いて行こうと思ったら、そこに座っていた黒人グループが私を囲んできたのです。
「うわ、どうしよう」と思っていると、その中の1人が英語で私に怒るように言ってきます。ほとんど英語の分からない私は、「ワッツ?ワッツ?」と言っては逃げる時を狙っていました。

でも、その黒人達は私の紙袋を見ては英語でまくし立てます。
どうも、その紙袋の中に入っているものが欲しいようなのです。
中には5万円もするブランドバックが入っていました。紙袋の文字を見て、ブランド物と分かってしまったようです。

どんどん近くに迫って来る黒人達の迫力に負けて、とうとうその紙袋を差し出してしまったのです。
その紙袋を渡された黒人達は、まるで波が引くように去って行きました。

とても警察に言う勇気もなく、泣き寝入りをしてしまいました。
どうも、後からその場所のことを調べたら、そういった事件がたくさんあるようでした。
事前のリサーチをしておくべきでした。

アメリカ・ロス周辺の治安

アメリカ

2010年 アメリカ ロサンゼルス

アメリカのロスは、日本のそれとは違い、安全な場所と危険な場所がキレイに分かれている印象を受けますし、実際にそうだと3年間の留学生活を通して思います。
ただ、どこまでが安全でどこからが危険なのかというのは実際に知識として仕入れておくしかありません。
知らず知らずのうちに危険なエリアに入ってしまっていたという事も多々ありました。
大体が黒人やヒスパニック系が密集しているやや田舎の地域だったりしますが、一歩外れた道が危険な通りだったりする事もあります。
都会ではハリウッド近辺の細道に、そういった危険な場所があります。
日本人がよく訪れるサンタモニカにも一部危ない地域がありますので、現地の日本人や外国人から事前に聞いておくことをお勧めいたします。
だけど日本は平和過ぎるという印象を海外生活を続けているとやはり感じます。
危ないという意味合いも、毎回命の危険に晒されるようなレベルではありませんし、時間帯や社会の雰囲気などで自分なりに判断出来るようになれば、思っているほどの危険性はありません。
またロスで生活をしていると常にそういった危険なニオイを察知出来るアンテナが立つようになります。
ストレスを感じる程でもないですが、予備知識は無いよりあったほうがトラブルに巻き込まれる確率を大幅に下げられます。

ラスベガス・クレジットカードで繰り返し・・

アメリカ

2011年 ラスベガス

アメリカのラスベガスに旅行に行った時に宿泊しているホテルでカジノをしていました。
お金が足りなくなり、クレジットカードでキャッシングしようと思い、ホテルのATMからお金を引き出したのです。
でも、何回カードを入れて暗証番号を押してもエラーになり、何回も繰り返しやっていたらカードが機械に吸い込まれてしまいました。
焦ってホテルの関係者を呼びましたが、私の英語は伝わらなく、クレジットカード会社に電話をしたのです。
それで事情を説明したら、何回もやっていたらカードが吸い込まれるのは当たり前と怒られてしまいました。
でも、暗証番号も間違っていなかったので、なぜこのような状況になってしまったのか分かりませんでした。
それで、クレジットカード会社のスタッフがホテルの関係者と直接話してくれて機械を調べてクレジットカードを取り出してくれたのです。
ホテルのATMだから良かったものの、もしこれが街にあるATMなら解決に時間が掛かり、クレジットカードは戻ってこなかったかもしれません。
ホテルのATMなのでトラブルはないだろうと安心していましたが、それからは海外に出かけてもキャッシングは控え、その代わりにトラベラーズチェックを持って行き、銀行などで両替しています。

アメリカ・ホームレスのおじさんが急に

アメリカ

2010-2013 アメリカ L.A.

約3年ほどアメリカのロスアンジェルスに留学していました。
危険な体験はたくさんありました。
一番最初に日本では有り得ないと実感した事は、夜の駐車場での出来事です。
友人と待ち合わせをしていたのですが、僕が先に待ち合わせ場所のリトルトーキョーにある広い駐車場に着いたのですが、しばらく時間つぶしのためにエンジンを止めて車内で携帯をいじっていました。
あたりは静かでしたが、急に何かを拭いているような音が聞こえ、それはかなり近くで聞こえてきました。
驚いた事にホームレスのおじさんが僕の車を勝手に雑巾で拭き始め、それは車体全部に至るまで徹底的に素早く「作業」をしていました。
実際にフロントガラスを拭き始めた時にはビックリして、どうしたらよいのか分かりませんでした。
動揺していると、フロントガラス越しにそのホームレスの人がジェスチャーでお金を要求している仕草をしていた時に、ようやく彼がやっていた意味が理解出来ましたが、驚いた事と迷惑な気持ちが入り混じって不機嫌になった僕は、すぐさま外へ出てそのホームレスに文句を言ってしまいました。
こういった体験は僕の友人にも多く、有難迷惑という一言に尽きます。
女性でしたら怖くて泣いてしまうような咄嗟な出来事だと思います。
こういった出来事があると事前に知っておくだけでも少なからず精神的な対処は出来ると思います。